NO LIFE, NO WORK.

人生あってのしごと話。

企業がプロボノをはじめるとき。

 

2年ほど前から気になっていた「プロボノ」。自分の会社でも取組みが始まることになり、企画や運営の輪の中に入れてもらっているんですが、いろいろおもしろいです。プロボノの企画や活動を始めてみて感じたことのお話です。

 

えーと、まずプロボノってなに??

「社会のために、職業上のスキルや経験を生かした、ボランティア活動」と言われています。時間があれば誰でもできるボランティア、というよりは、あなたの持つスキルがあるからできるボランティア、という感じでしょうか。

 

主にNPO向けに、専門家や企業人が支援者として参加するケースが多く、両者のマッチングにより社会的課題の解決を進めるものです。

語源はラテン語の「Pro Bono Publico」。英語だと For Good Public。公共善のために、と訳されたりします。

 

NPOと企業人、両者のいいところと少し足りないところをお互いに補完する面もあると、個人的には考えています。

 

NPO・・・社会的課題に対する情熱はあるけど、組織力が弱く運用効率が悪い、活動が広がりにくい

企業人・・・企業組織でのスキルや経験を持っているが、歯車化された仕事の中で社会への手触り感が乏しい

 

NPOの情熱と、企業人の効率性。これを組み合わせることで今までになかったインパクトが出せそうだなと、ちょっと期待しています。

 

プロボノをはじめる思惑はどんなところに??

もともとは個人ボランティアの感覚で、知る人ぞ知る存在であったプロボノ。2010年ごろから企業もプロボノプログラムとして乗り出すようになったようで、参加企業は誰もが社名を知るような会社の名前ばかり。国内メーカー、外資系金融、コンサル、ITなど。もともと社会貢献活動に積極的な大手企業から取り組みが始まっているようです。

 

なんでプロボノをはじめるのか?

個人で参加するのはどんなモチベーションがあるのか?企業が参加するのはどんなモチベーションがあるのか?こんな文脈がありそうかな、と考えています。

今は自分もプロボノに関わりはじめた初期の段階。そこで考える限りでは、すごくいろいろと思惑が入り乱れているなーという印象ではあるのですが、思い切って簡素化してみます。

「個人⇔企業」×「社会奉仕⇔本業還元」の2軸で図にすると こんな感じです。

 

f:id:Ichinoseki:20130926095055p:plain

 

(繰り返しますが、これは個人的な印象を表したもので、プロボノの権威(?)なひとがもっと違うかたちで整理してくれるかもしれませんし、今後、自分でも考えを変えるかもしれません。)

 

個人がプロボノをやりたいと思うモチベーション

【社会奉仕】→ ボランティアの意味合い

 社会のために何か良いことをしたい

 

【本業還元】→ スキルアップ、チャレンジの意味合い

 仕事にも役立つ経験ができるかもしれない、本業ではやらせてもらえないようなことにもチャレンジできる、本業の幅が広がったり、もしかしたら本業自体を変えていくきっかけになるかもしれない

 

 企業がプロボノをやりたいと思うモチベーション

【社会奉仕】→ CSR的な意味合い

  企業も社会的責任は果たしています、という活動のひとつとして

 

【本業還元】→ CSV的な意味合いと、人材育成の意味合い

  ビジネスぽく回したりしてなんとなくCSVぽい、社員が日頃と違う経験をすることで成長して欲しい

 

 「社会貢献」という意味合いは根底にありつつ、個人の希望や企業の動機も乗っかってくるイメージです。企業人としての個人側にも企業側にも利害一致する部分はありつつ、いろいろな文脈がありそうです。

ただ全体を通して言えるのは、持つもの→持たざるものへの一方向の奉仕活動だけでなく、つまり、支援される側のメリットだけでなく、支援する側にもメリットがありそうな活動というのが特徴的。ビジネスマン的に言うと、Win-Winな関係、といったところでしょうか。

 

ちなみに、「CSR」は用語として広く浸透しているかと思いますが、「CSV」は経営戦略の猛者ポーターさん(バリューチェーンなどの考え方を提唱した猛者)が新たに提唱している言葉です。

 

CSR」は、Corporate Social Responsibility の略。企業の社会的責任と言われたりして、儲かってるなら社会にも何かいいことしてよ的な防御の面が強いと思います。たとえば、ハンバーガー屋さんが街にゴミ箱を設置したり、がしがしと工場を動かしているような会社が環境保全のために木を植えたり。

 

CSV」は、Creating Shared Value の略。RとVの違いだけかと思いきや、CとSも違いますw 「共通価値創造」なんて訳されていて、ビジネス的な攻めの面も持っていて もう少し循環的。社会に還元する活動自体が新たに市場を作ったり、お客さんを増やしたり、相互にお金やメリットが回る活動、というイメージです。捉えようによっては投資にも似ているかもしれません。たとえば事例は、えーと、「CSV 事例」とかでググってみてください。いろいろ出てきます。

 

会社でプロボノをやる理由?

さて、上に挙げたような個人や企業の思惑があるとして。たしかにそれらはプロボノで満たせるかもしれないけれど、他にも満たせる活動はたくさんあるわけです。人材開発面で言えばこれまでもトレーニングで満たし続けてきているわけですし、個人側がプロボノが良い!と思っても社外で個人的にやる選択肢もあるわけです。

そこでまた、会社内でプロボノをやる理由が必要だなーと逡巡するわけです。。企業からしたら「なんでプロボノなのか?」、個人からしたら「社外じゃなくて、なんで社内でやるのか?」ということへの答えが必要になるよなーと。

 

次のような理由があるかな、と今のところ思っています。

 

【個人】社外じゃなく、社内プログラムのプロボノに参加する理由

① 会社のネームバリューが効くので個人参加よりも"有名"なNPOに入り込める
② 社外の活動に単独で飛び込むのはハードルが高い(つて作りや仕組み作りは大変)
③ 社員同士の新たなつながりができる(サークル活動感覚)
④ 本業では手を出しにくい仕事にチャレンジできる(仕事を選ぶ&修行する自由)
⑤ 本業では繋がりにくい同僚と一緒に取り組める(同僚を選ぶ自由)

 

【企業】本業ビジネスやトレーニング、これまでの金銭提供型の社会貢献でもなく、プロボノをやる理由
① 社員人材育成の観点が望める※
② なんとなくCSV(by ポーター)ぽい
NPOの活動に深く&より上位に入り込める。(思惑を反映させやすくなる?)

 

※①については、他の人材育成機会が数多くある中で、なんでプロボノか?っていうと、やっぱり「金銭コスト」になるのかなと思っています。掛かるのは社員の時間だけ、という考え方です。(ここは慎重に受け止めつつありますが…)

 

で、あらためてプロボノって?気をつけたいと思うこと。

プロボノを始めてまだ間もないですが、プロボノの難しさが少しずつ見えてきました。ひとつはビジネス面とボランティア面のすり合わせ。ヘタをするとビジネス的な面倒なことと、ボランティア的な面倒なことの両方を引き受けることになるんじゃないかと。。イイトコどりどころか、二兎を追う者…になり兼ねないという。

仕事じゃなく来てるのに仕事と同じことはやりたくない、、でも成果は必要だよな、、うーん、命令指示系統が難しい、、楽しいところはどこ、、なんでやってるんだっけ、、etc... みたいな。

 

アクロバティックな解決方法よりも、まず最初は、どちらかにガツンと寄せたほうが良さそうかなという印象を持ち始めています。

ビジネスライクにキャリア開発に寄せて人事なりR&Dなりが主導でかっちりと教育プログラムにするか、もしくは、社会奉仕活動に寄せて社員のボランティア活動のひとつとしてやりたい人できる人のためだけにプログラムするか。

 

いずれにしても、プロボノをやるにあたり、ブレさせちゃいけないのはこの辺りだと改めて感じ始めています。


①そもそも社会貢献活動である
②会社員を辞めずにNPO内部での活動ができる

 

①そもそも社会貢献活動である

本業じゃ失敗できない、通常の育成プログラムは費用が掛かる、という発想での人材育成観点がすぎるときの懸念としては、NPO相手なら失敗してもいいのかという話になるし、費用を控えたプロボノ丸投げでは何が得られるかの再現性が望めない。

 プロのスキルを社会貢献に提供するという観点では、チャレンジできやすい環境で結果として失敗することあっても、失敗を前提にするのは違うよね、と。

人材育成として考えるなら、「プロボノ」を材料にした教育プログラムづくりが必要。ここには、会社が社員に何を望むか 、何を経験して欲しいか、を元にした設計が必要になるとは思うんですが。

そうしたことも踏まえて、戻り戻ってそもそも社会貢献活動だよね、ということは忘れてはいけないな、と。人材育成の文脈に乗って走りすぎて「なんでプロボノでやるのか?」というところがすっぽり抜けないように。

 

②会社員を辞めずにNPO内部での活動ができる

これはいちばん大切な要素ではないかなーと思います。プロボノを始めたことで外へ人材が流出するようなプログラムは会社としては、もちろんできないし。NPOへの転職を美談や小ネタ話にする空気も個人的にはなんだか考えさせられるものがあり。企業の力や価値を認めてこそのプロボノであって、プロボノは、NPOをお試し体験→NPOへの脱出プログラムではないのだから。

それでも人材が流出したときには、なぜ流出したかについて会社が本気で考ええて原因分析するきっかけとしてはアリだとは思うけれども。(会社も本質的な魅力を持たないとね、的な。)

 

プロボノへ、個人的な期待

個人的には、プロボノへの希望はこの辺りに集約してきた感が強いです。

 

プロボノ。利益重視の「本業ビジネス」だけでなく、課題重視の「社会貢献」に関わることで課題の捉え方が深まる

→ 社会の課題解決。結果、本業ビジネスへの還元。

 

そもそも、お金や労力って、課題やニーズに対して流れるんだよね、という実感を得ることがひとつ。株主配当は結果であって目的ではないんじゃないか、じゃあうちの会社の目的は何なのか?という企業の存在意味の再確認するきっかけがひとつ。株主配当ができないNPOとの活動を通じて、自分の会社の存在価値を改めて考えるきっかけになるんじゃないかと。

 

自分のことでいうと、いわゆるボランティア活動には縁遠かったのですが、プロボノに興味をもった理由は、本業から離れて何かをすることの大切さを知ったからでした。

個人的に関心のあることを社外でいろんな人とやるようになった経験から、会社や本業以外のことから得られるものの大きさや、その可能性に気づきました。本業を離れることで、本業の意味を客観的に見つめられ、仕事の本質を考えるきっかけになるのではないかと思いました。

プロボノ、という言葉を初めて聞いたとき、「本業外での活動の大切さの話にすごく似ているんじゃないか、そういう言葉があるんだ、ボランティアというとイメージが少し違ってくるんだけど、プロボノって言うとぴったりくるんじゃないか」そういう気分でした。

 

「なんでこの仕事があるんだろう?」
「何をすれば誰が喜ぶんだろう?」
「ていうか、誰が喜べばいいんだろう?」

 

そんな素朴な疑問が湧き、その答えが自分の中で生まれていく感覚。回り道のようですが、本業一本では得られない経験、気付けない視点があり、それらが無駄であることは決してなく、本業にも還元できるものも多いと感じています。

 

そして何より「"会社"の中ではたらく」から「"社会"の中ではたらく」ということの意味を取り戻せるのではないかと。プロボノにはそんな期待をしています。

 

プロボノ―新しい社会貢献新しい働き方

プロボノ―新しい社会貢献新しい働き方

 

社会貢献でメシを食う

社会貢献でメシを食う