AI囲碁勝負に触発されて。『機械との競争』
2016年3月9日。
囲碁でAIと人間の勝負。世界トップレベルの棋士がAIに敗れた。
今までチェスや将棋に続いて最後の砦とされていた囲碁においても、AIが人間を超えた。
1週間にわたって行われた5戦を興味深くチェックしつつ、この本を読んでいました。
端的に言うと、この本は人間の労働に関する本ですね。AIの話は専門家向けでなく誰にでもわかりやすく書かれています。この本を書いたのはMITスローンスクールの経済学教授。テクノロジーの進化が人間の労働に与える影響を事実ベースから紐解いています。
大まかなポイントとしては、こんな感じです。
- この10年見ても失業が増えて労働所得が減っているという事実がある
ずばりその原因は「機械」が進歩しているから - 一番影響を受けているのは、いわゆるホワイトカラー
ハイスペックな仕事と肉体労働はデジタル技術ではまだ置き換えづらい - 「デジタル技術」は次の特性から仕事の範囲を拡げることに成功している
- 使っても減らない
- コピーが可能かつ瞬時に全世界に展開できる
- ルールに沿って処理をするのが得意
- 処理性能は年を追うごとに増えていく
- コストは年を追うごとに減っていく - 「機械」と人間はこれからどのようにつきあっていけばいいのか?
機械を敵として競争相手にするのではなく、機械を味方につける - これから人間に必要になっていくのは「組織改革」と「人的資本への投資」
「機械」ありきの組織に変えること、「人間」的スキルを積極的に伸ばすこと
後半に読書メモを貼っておきますので詳細はそちらを見ていただけたらと思いますが、囲碁対決と並行しながらこの本を読んで思ったのは、「学び合うこと」と「ルールを作ること」の重要性です。
AI時代の学び合い
今回の囲碁対決においてはAIの「悪手にも思えた妙手」という表現がよく出てきました。最初は人間みんなが「あれ?ミス?」とも思えた手が対局の終盤になって重要な一手となって効いてきた、という話です。つまり、これまでのセオリーでは考えられなかった手をAIが生み出した、ということなんですよね。
なんでこういうことが起こるかというと、これまでのAIは「総当り+定石アルゴリズム」方式が多く、アルゴリズムの部分で人間が"こうしたほうが強くなる"とわかっているものを適用していました。
AlphaGoにも採用されているディープラーニングと呼ばれる方式は「膨大なデータから機械自身が学んでいく」方式といえます。なので、人間の思考の枠を超えた解を生み出すことがあるのです。
ディープラーニングの人工知能は囲碁や将棋やチェスをどんな風に考えて指すのか? | Stone Washer's Journal
一方、対局を終えた人間側のセドルさんのコメントが素晴らしすぎます。
「過去、自分が本当に囲碁を楽しんでいるのかどうかを疑問に思ったこともあったのですが、今回のAlphaGoとの対局は5戦ともすべて楽しむことができました。AlphaGoとの対局で、わたしは古い考え方に少し疑問をもったような気がします。またこれから学ぶことが増えましたね」
「またこれから学ぶことが増えました」AlphaGoとイ・セドルが、囲碁にもたらしたもの、AIにもたらしたもの « WIRED.jp
何よりとっても良い表情をしているように見えます。最終戦を終えた後のセドルさん。
すでに特定のものでは人間を超えてしまってきている機械ですが、人間が思いつかなかった枠組みを機械から学ぶことで、人間自体の知能を高めることができる可能性には胸が熱くなります。学び続けることだいじ。
AI時代のルール作り
ルールが決まっているものは機械が優勢になっていく。この状況はますます加速していくでしょう。
羽生さんが、将棋でAIに負けたらどうするか?という質問に対して、「それなら、たとえば桂馬が横に飛ぶとかルールを変えてしまえばいい」と言ったという話がありますが、とても本質的だなぁと思います。
『これからの世界をよくするためにはどんなルールを作っていくのか?』この問いがますます重要になっていくのではないかと感じました。
人が幸せに生きていくための指標は何なのか?
GDPが高ければいいのか。失業率が下がればいいのか、ブータンのいうGNHのようなものなのか?
指標を決めれば機械が最適解を出してくれる世界はもう現実のものになりつつあるのですよね。人間がどのように暮らすのが幸せなのか、本当の意味で問われる世界が来ているのかもしれないなぁ、これは。
ルール作りを機械に委ねてはいけない。人間の聖域があるとするなら、ルール作りであり、アイデア作りであり、ビジネスモデル作りになるのでしょうか。
あと、おもしろかったのは、あまり知られていない話だけど、今のチェスのチャンピオンは「人間」でもなく、「コンピュータ」でもなく、「コンピュータを使った人間のチーム」という話。
"チェスの名手でもない人間が2人と、それほど高性能でもないマシンが3台。よりよいプロセスを持ったチームが優勝した"
優勝した要因が、人間のチェスのレベルでもなく、コンピュータの性能でもなく、ある意味チームをかたち作るプロセスだった、というのも興味深い話です。
ということで、AI囲碁対決に触発されての雑感でした。
以下、読書メモです。
労働環境の事実。「パイは増やすがほとんどの労働者はそのパイにありつけない」
アメリカではこの10年、世帯所得の中央値が下がった初の10年となった。1人当たりのGDPは増えているにも関わらず。富の集中の話。
企業の収益は過去50年で最高になったが、労働者の手にする報酬は過去50年で最低になっている
リーマンショック以降、設備投資の額は二桁成長をしているが、労働者の賃金は横ばい
労働賃金の弾力性は設備投資額に比べて良くも悪くも低い。賃金下げづらい、解雇しづらい、生活ができるだけの賃金確保ができないと雇用の維持もできない。機械にはこれらの要素がない。
失業は技術革新が鈍化したからとする説もあるが、これは逆。技術革新が加速したから失業が増えている
技術の進歩は経済全体のパイを大きくするだろうが、多くの人はそのパイにありつけない
なぜ機械に先を越されるのか。そして、労働の「二極化」
失業が増えた原因はグローバリゼーションでもなく、アウトソーシングでもない。それを実現可能にした「デジタル技術」
グローバリゼーションは失業の原因ではなく、テクノロジーの加速と浸透がもたらした結果
機械に取って代わられる労働とは、ルールや手順が決まっているもの。いわゆるホワイトカラーの大半がこれにあたる
既存のルールをそのまま適用するような仕事はコンピュータの得意領域
機械で置き換えづらい労働とは、ビジネスやアイデアの創造。芸術。そして、肉体労働。これが「二極化」
「モラベックのパラドックス」と呼ばれている。高度なスキルだけでなく低度とされるスキルの需要が高く、中レベルのスキルの需要がいちばん落ち込んでいる。U字型の需要曲線を描く
3回の産業革命。蒸気機関、電気、デジタル技術。
デジタル技術にはいわゆる「ムーアの法則」があり、進歩は指数関数的に倍々になっていく。(これは言うなれば2倍になるサイクル(最近の定説は18ヶ月)ひとつで、それまでの全歴史1サイクル分の進歩が起こるということ)
デジタル情報の経済学。希少性の経済学ではなく、ゆたかさの経済学。すり減らない。瞬時にかつ低コストで流通できる。
これまでの産業革命とデジタル技術による革命は意味合いが異なる。全産業に浸透が可能、かつ、モデルのコピーが容易という特徴も大きく影響している
人間や組織の変化は多くは連続的な線形での進歩。圧倒的に遅い。
人間と機械はどのように共存していくのか
コンピューター味方につけるというアプローチ。コンピュータとの競争に勝つことはまず不可能、しかし、コンピュータを敵に回すのではなく、味方につけてともに競争していく術を学ぶこと
意外と知られていないが、現在のチェスのチャンピオンは人間でも、コンピュータでもない。コンピュータを使った人間のチーム
コンピュータリソースの進化はいわゆるムーアの法則に従うが、それ以上にソフトウェアアルゴリズムの進化が大きい(ハードリソース進化の40倍以上の速度とも言われる)
「組合せ爆発」というもうひとつの可能性。
組合せの数は階乗であり指数関数を上回る量を生み出す。仮に技術進歩で今止まったとしても、既にできあがっているプロセス、サービス、機械で新たなイノベーションは可能。
人間側の課題は「組織改革」と「人的資本への投資」。決められたルールに従う仕事は機械に追いつかれる。ルールを変える、新たなルールを作る仕事。
新たなビジネスモデルの開発が突破口。溢れる中レベルの労働者とコスト安が進むテクノロジーを組み合わせて新たなプロセス、新たな組織体系を作る。
もう1つのカギは「人的資本への投資」つまり、教育とスキル開発
オンライン学習の発展が目覚ましい。スタンフォードやMITのオンラインコース、カーンアカデミーなど。顔を合わせる先生の役割は励ましたり、慰めたり感情面のサポートになってゆく
重要性が高まる分野は、リーダーシップ、チーム作り、創造性
教育はSTEM(科学、技術、工学、数学)から、STEAM(+芸術)の時代へ